こま犬は中国の明の時代に彫られたもので、1937年に中国侵略日本軍が戦利品として日本に持ち帰った後、大阪に所蔵されてきた。82年の大阪城築城400年に際し、大阪の市民団体が日本の侵略戦争の戦利品であり、中国に返還すべきとの見方を示すと、それから半年あまりで、関連団体が1万5千人分もの署名を集めた。日本の人々がこま犬の返還を求めた正義の行動を鑑みて、在日本中国大使館はこれを中日友好のシンボルとし、大阪市に寄贈した。
だが、こま犬の説明表示板には「中国から運ばれた」ということが書かれているだけで、かつての略奪の経緯については触れられていない。伊関さんが率いる市民団体は、関連部門が略奪の事実を隠蔽しようとしたものであり、日本人として恥ずかしいとの見方を示す。この団体は今年5月22日、大阪市長と大阪市議会議長に陳情書を提出し、説明表示板の変更を求めた。
5日の集会当日は小雨がそぼ降る中、40人の誓い参加者が日本の侵略戦争の犠牲になった中国人の人々に1分間の黙祷を捧げた。